強迫性障害になった原因を探る旅☆スタート!!

まず、市の保健師さんから教えてもらったのは大学が研究のために開設している相談センター。

カウンセリングしてくれるのは、大学の生徒さんだから費用が抑えられるよ、とオススメしてくれました。

ただ、カウンセリングしてもらえる日にちが限られていたり、家からものすごく遠かったりという理由で断念。


そこで物知りな知人にいくつか病院を教えてもらい、その中で自分に合いそうな先生を探すことにしました。


私はお薬での治療は考えてなくて、カウンセリングのみと決めていたので知人も希望に合うところを色々調べてくれました。


その中で初めての診察を受けた病院が今も通院している心療内科です。

優しそうな女性の先生。

最初の診察では、潔癖症の具体的な症状を聞いてもらい、なかなか重度な潔癖症だと言われました。

家族構成を話してどんな生い立ちかを幼少期から現在までダ〜っと話して。

私ってどんな人か、性格や考え方なんかもお話したかな?


先生から、何かトラウマになっているような事ありますか?とザックリ聞かれたけど全く思い当たらず、特に無いです。としか答えられなかった。


最初はほんと、あっさり終わったなという印象。

先生には毎週来てもらったほうが良いと言われたけど、子供もいるし月に1回にしてもらうことにしました。


病院から帰って、ものすごく考えました。

強迫性障害になるには、何か原因があるはずだと言われたから。

トラウマになるようなこと....?何だろう??

昔のことをこんなに振り返ったのは初めての事で、色々あったな〜としみじみしてたら....


ありました!

私のトラウマになる程辛かった、傷ついたこと!!

ありましたー!!!

そりゃあ強迫性障害になるよねー!!!という事が。


もともと、私は几帳面で負けず嫌い、完璧主義で白黒はっきりしないとイヤ。気は弱くないですね。

人前では弱味を見せれない。弱音を吐けない、何事も人に任せられない

などなど、強迫性障害になりやすいと言われている要素を持っていました。


もちろん、それだけじゃないんです。


我が家は兄弟が多くていつも賑やかな家でした。

とても優しい母と、沢山の兄弟がいて近所には歳の近い幼馴染が沢山いました。

毎日色んな事して遊んですごく楽しい毎日で。そんな環境、私は大好きでした。

幼稚園に入園するまではそんな小さな世界で生活していたから気が付かなかったけど、幼稚園に通いだして『あれ?うちってなんか、貧乏?』


それまで、近所の世界しか知らない私はアパートに住んでること、洋服は近所の人がお古をくれること、休日にお出かけすることなんて無いことが当たり前だったのに、幼稚園のお友達はいつも可愛い服を着て、可愛く髪をまとめて、新しいものを持って、あちこちお出かけした話をしていて私とは全然違うことに、幼いながら羨ましく思っていたことを思い出しました。


成長するにつれて、そんな自分の家庭がすごく恥ずかしくなり、裕福な家庭のお友達の家に遊びに行っては、こんな家に住みたいなと心の中で考えていました。


我が家はアパートですが、当時住んでいた地域はかなり裕福な方々が住んでいるところだったんですね。

そんなところにアパートがあるのも....。

ものすごく違和感ありますね。

現在も残ってるんですが...Σ(゚д゚lll)


なので、貧富の差を感じざるをえませんでした。

小さい頃は良く、大きな家の絵を描いたり、不動産の間取りが載ってるチラシを見て妄想したりしてました。こんな家に住みたいなって。


我が家が究極に貧しくなっていったのは祖父が亡くなってから。もともと裕福ではなかったけどギリギリの暮らししてました。でも自営業をしていた祖父の抱えていた借金を父らが返済しなくてはならなくなった事であきらかに貧しい生活に転落していきました。

小学校低学年だったか?


歯医者に行かなくてはいけないけどお金はもらえず、母に『あとから母が持ってきますと言ってね』と言われるようになったり、お年玉をもらえなくなったり、お誕生日ケーキがなくなったり、もちろんプレゼントも。

クリスマスプレゼントはいつまであったかな〜?


まだ私達が小さいうちはなんとかやりくりしていたけど、だんだんとお金がかかる年頃になるとますます苦しくなっていったみたい。

小さい頃からそんな貧乏コンプレックを持っていた私は思春期になり、ますます嫌な思いをしました。


中学の頃、クラスの連絡網ってありましたよね?住所と電話番号が載ってるやつです。


クラスメートに同じアパートに住む幼馴染がいたので、住所が同じなんですね。

それに気がついた男子生徒が大きな声で、『あれ?どうして◯◯と△△同じ住所!?』とクラスメートの前で言っちゃいました。

そしたら続けて、『あ〜、集合住宅みたいなところだから!』って。

おい!デリカシーゼロか!!Σ(゚д゚lll)

今なら何とでも言えるけど、当時乙女だった私はただ恥ずかしくて下を向いてましたね。


私の通っていた中学でアパートに住んでるってかなり珍しかったので変な注目を浴びたような気がします(°_°)


そんな話を部活仲間も耳にしていたと思います。◯◯ってアパートに住んでるらしいよ...。って。


1年生の時、試合会場でお弁当を食べているときに、急に住んでいる家の話になって、皆はマンションや一軒家などなど、さすがお金持ち地区な感じでした。

『◯◯は?』ついに来た!私の番....。

私はアパートだと言えずに『え〜...マンション』と答えると、どんなマンション!?とさらに突っ込んでくるので『...二階建てのマンションで一階に住んでる』と苦しい嘘をついてその場はやり過ごしました。


すると後日、部活仲間が数人でわざわざ家にやって来て、トイレ貸してって言ってきたんです!

本当はアパートを見に来たんだなと思いました。

最悪でした。思春期の私は恥ずかしいのと驚きと、何とも言えない悔しさと。

しかもマンションじゃないのに『家、マンション(._.)』って言ってしまってるし!

断ることもできず狭くて散らかった家に通し、ボロボロで狭〜い和式トイレを貸しました。(T_T)


もう自尊心ズタズタ。


部活、ものすごく頑張りました。

誰にも負けないように。

バカにされないように。


どこかで、『家が貧乏で見下されてるけど、このスポーツで私に勝てる!?』ってどこかで思ってたんだと思います。

そうやって傷ついた自尊心を補完してたんだと思います。


少しずつ少しずつ、自尊心が傷つき、これ以上傷つかないように自分の心を硬い鎧で守っていくようになっていってたんだと思います。

いつの間にか、周りは私を傷つける敵で傷つけられる前に傷つける

そんなすごくトゲトゲした攻撃的な人間になっていきました。


そこには、私の性格である負けず嫌いや、人に弱味を見せられない、かわいそうなんて思われたくないというところが大きく悪いほうのプラスにでてしまったのかなと思います。


長くなったし、今日はここまで☆