強迫性障害になった原因を探る旅☆②

思春期真っ只中の私は貧乏コンプレックで傷つく自尊心をスポーツでは他の人に負けないということで補完していました。

ものすごく努力したので高校はスポーツ特待生として推薦入学!

皆より私スゴイでしょ!?アパートに住んでるけど、貧乏だけど、負けてませんから!!

って思うことで傷を癒してた。

嫌なやつですね....(。-_-。)

でも、当時の私にはそんな事でしか自分を守ることができなったんだと....勝手に解釈してます。

でも高校で、入学早々また嫌な出来事が....。

私に限らず兄弟は皆、高校に進学すると奨学金制度を利用してました。

私も早々に申し込みをしました。

できればこっそりと手続きを済ませたかったのに。

ある日のホームルームで担任が『◯◯さん、奨学金の申し込み、おたくは兄弟も多いし、1番金額の多い分で通ると思うよ〜。』と大演説。

えっ?今ですか?その話?

わざわざ皆の前で言うって何考えてるの!?

せっかく高校生になって新しいスタートきったのに早々に貧乏だと皆にバレた...。_| ̄|○

この無神経な担任はずーっとキライだったな〜。

高校生活ではとにかく部活に打ち込みました。もちろんその為に入学してますしね。

部員だけの寮があったのでそこでの生活が始まって、生まれて初めて自分の部屋ができたことが嬉しかった。

でも、ちょうどその頃我が家の貧しさはピークを迎え、私が受け取るはずの奨学金はたびたび親が引き出して使っていた。

家に電話すると、『ちょっと借りたよ...』って母が申し訳なさそうに言ってきた。

いやいや、それでお昼や生活用品買うんですけど!

電話口で母に罵詈雑言。


私、母が大好きなんです。昔も今も。

本当に優しくていつも笑顔で子供たちを叱ったことってほとんどない人。

子供がみんな小学校に上がるとすぐに働き始めた母、昼間はスーパーでパートして、夕方は新聞配達して、集金もしてました。

仕事を掛け持ちしながら子育てして、休みなんてなしなし!本当は大変なはずなのに辛い顔なんて見せたことがない母を私たち子供はみんな大好きでした。

だから、そんな苦労ばかりしている母にはキツイこと言いたくないのに、生活費にしている奨学金を使われたらカーッとなって『どうやって生活したら良いの!?』ってキレてしまった。

でもあとから後悔して電話を切ったあと、ものすごく泣きました。

苦労ばかりしてる母にあんな事、言いたくないのに...。申し訳なさそうな母の声が本当に切なかった。

お金に余裕がないと心の余裕もなくなるんです。

寮生活ということは、寮費を払わないといけないんですが、お金のない我が家は長い間滞納してたみたいで、3年生のある日、顧問から自宅に帰るよう言われました。

そんな、寮費滞納してるなんて知らなかった私はショックでした。

寮から追い出された事を知った父は『こっちはやれるだけのことしてるのに、なんなんだ!』と怒っていたそうです。

これは大人になってから聞いた話ですが。


頭おかしくないですか?自分が払うべきものを払えていないのに逆ギレですか!?

アホとしか言いようがないですよね。


そうなんです。うちは、父親がクズなんです。こんな話はかわいいもので、私が強迫性障害を患う最も大きな原因になったのはこのクズなんです。こいつのことを考えると今でも怒りではらわた煮えくりかえるほど憎んでますね。

誰からも慕われず、最低なやつだと誰もが嫌うクズ人間。

現在は絶縁して全く関わらなくなったんですが。

こいつは数えたらきりがないくらいクズエピソードがあるんです。それは後々....。

寮費も払えない、そんな経済状況を考えると大学進学も諦め就職することに決めました。

就職するのはどんな会社にするか....、とにかく誰もが知ってる企業という事が大前提でした。

できれば人から良いな〜と言われるような仕事が良かった。

高卒だということが本当は恥ずかしかったんですね。だから、大きな企業でバカにされないところに入社したかった。

結局、化粧品関係の企業に就職しました。

華やかで女性なら憧れる職業だし、大手企業だし。

こうして振り返ると、私いつも周りの目ばかり気にして、肩肘はって、常に戦闘モードで生きてるな〜。

中学、高校と学生時代から20代前半はまだ潔癖性は軽くお金を触ったら手を洗う程度だったと思います。

ある出来事がきっかけで急激に悪化していきます。

もちろん、クズです。私が世界一嫌うクズ人間。

まだまだ旅は続くので、今日はここまで☆